東京司法書士会三多摩支会
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 支会ニュース「アダージョマエストーソ」 第101号 2012,04,22

 ■ 目 次
  1. 立川駅北口周辺で東日本大震災・原発事故被災者支援募金活動と支会相談会の広報活動 
  2. 原発事故被災者支援として会津若松市の仮設住宅を訪問し、居住者と懇談会 

 平成24年2月11日(土) 立川駅前で東日本大震災・原発事故被災者支援の募金活動

  平成24年2月11日の土曜日、お昼12時から、JR立川駅北口のフロム中武周辺で、東日本大震災による被災者支援のための義援金募金活動と 東京司法書士会三多摩支会開催の無料法律相談会開催等司法書士が行っている業務内容についてのチラシ配布活動を行いました。
 支会の無料相談会のチラシ1000枚、東日本大震災被災者支援広報のチラシ1000枚のほか、使い捨てカイロ1000個、ポケットティッシュ1000個を用意しましたが、 午後3時半ごろにはすべて配布し終わり、当日の募金・広報活動を終了しました。  
被災者支援対策室の呼びかけに、対策室メンバー以外の会員も
参加し、総勢18名のによって行われました。
 被災者支援の募金は、後日、支会で行っている三多摩地域に避難生活を余儀なくされてる方々や福島の仮設住宅に入っている方々への支援にあてました。  上へ

 平成24年3月3日(土)、4日(日) 会津若松市の仮設住宅を訪問し、支援物資を寄贈

 三多摩支会では、東日本大震災では被災者支援事業にいち早く取り組んできた。そのなかで、昨年7月2日、3日には、福島原発事故による被災者・避難者支援として、 富岡町の避難先となっていた三春町、広野町の避難先となっていたいわき市湯元を訪問し、現地の福島県司法書士会員による相談活動を視察・懇談してきた。
 そのとき、自らも避難生活を強いられながらも活発に被災者の支援に尽力されている大熊町に事務所のあった菅波佳子会員から津波の被害状況、第1原発爆発による 緊急避難の状況・体験、また避難者への物心両面での支援のあり方などの説明を受けた。このとき

仮設住宅の集会所前で打合せ

仮設住宅を個別訪問

保護された愛犬と再会できたと
の報告はアダージョ93号参照。
  これを機会に、菅波会員には、支会のセミナー講師として来ていただいたり、春に発行する支会報「たま」の特集に寄稿していただくこととなったり、支会の震災支援事業は、 福島原発被災者支援に主力をおくこととなり、なかでも今般事故を起こした福島第1原発1号機から4号機までのすべてが立地する大熊

  高台から見た住宅全景、遠くは会津若松北部
町への支援に重点をおくようになった。
 もちろん東日本大震災による被害は広大な地域にわたり、避難生活を余儀なくさせられている人々の数も厖大で、我々の住んでいる三多摩地域の都営住宅等に避難されている方々も多く、 アダージョ100号にも掲載されたように、その方々への支援活動も行ってきた。
 支会に立ち上げた東日本大震災被災者支援対策室では、こうして会津若松市に役場機能とともに多くの住民が避難し仮設住宅も市内数箇所にまとまって建てられている大熊町の 、ある仮設住宅の自治会と幾度かの打合せを行い、1月には数名で視察に行き、仮設住宅での生活で困っていることや不足している物資等を事前に聞き、支援物資を持参するとともに相談会・懇談会を持つ運びとなった。
  支援対策室の呼びかけにここ1、2年に開業したばかりの支会新入会員7人を含む16人が、3月3日、4日の土日を利用して、会津若松市の仮設住宅に向かった。
 事前の聞き取りで、仮設住宅で閉じこもりっきりになるので運動不足解消のためにも卓球台がほしい、ご婦人の方々はミシンがほしいということが分かり、卓球台2 台、ミシン2台は現地に事前に配送してもらい、身近な生活物資である「さしすせそ」調味料100世帯分は当日バスで届けることとなった。
 3月3日朝8時に支会事務局に集まった後、道中では昨年本会で行った「第3回東日本大震災被災者等に対する相談対策研修会−

自治会長へ支援物資を寄贈、右が卓球台

三多摩支会会員が贈った色紙

住民から受取った色紙
震災相談の実務Q&A−」のビデオ研修が始まる。3月までの期間で政府の政策や対応を加味した「原子力損害賠償請求対応Q&A」や、ごく直近での実情も加えた、現地近くまで4時間たっぷりの 勉強会だ。
 天気もあまりよくなく、那須あたりからは昨日の降雪が
残り、磐越道に入ると路肩はかなりの積雪で時々吹雪いていたが、会津若松市まで行くと降雪の影響もなく、高台にある仮設住宅では除雪も行き届いていた。対策室の呼びかけでは、現地では雪掻きの手伝
いとかもあるかもしれないと書かれていたので、5,6名の会員は長めのゴム長を用意してきたのだが、力仕事はお呼びでなかった。
 さて、現地では午後2時前から2人ずつ組になって、法律的な相談ごとを中心に困っていることや悩みごとが

支会支援対策室長の話に聞き入る住民

打ち解けた雰囲気の懇談会
ないかを約100世帯ある仮設住宅を戸別訪問して聞きながら 、支会で作成したチラシや福島県会の作成した法律相談会や原発事故損害賠償説明会のチラシを配った。この日は一部の地域の一時帰宅の日

話は弾み名残りは尽きない

町議会議員もほろ酔いで挨拶
と重なったため留守のお宅が多かったが、個別訪問の後、集会所で相談会と懇談会を もつ予定だったため、多く住民の方は早々と集会所に集まってこられて、当初の予定よりも早めに対策室長から住民の方々への説明を始め、その後質疑応答、支援物資の寄贈式となった。
 住民の方々から出てきた質問や意見、要望は、「個人で弁護士を頼むと費用はいくらかかるか」「和解の対応としては集団で団結して対応しようと思う」「国が買い上げる場合の価格や賠償の基準 は?」「国の指針が出ない限り、住民には情報として新聞やTVでの報道しかない」「県や町が東電に対してどのように交渉しているのか分からない」「東電には強制立ち退きの加害者意識が足りない」 「東電の担当者や政治家は家族全員を引き連れて仮設住宅に1週間でもいいから泊まりに来てみろ」「報道している人たち 自身が何も分かっていない」「国、県の方針が決まらないから、町長や議員が来ても、何も答えられない」などなど、狭い仮設住宅での生活の困難さがにじみ出る意見が多い。

隣りの仮設住宅集会所前で
 その後、柿ピー・缶ビールでの、集まってきた住民の方々26名との懇談会となった。少しの時間の懇談会の予定だったが、 いろんな団体が相談会とかやってくれるがこんなにざっくばらんに腹を割って胸の内を語れたことは今までにないと打ち解けた話し合いの輪が広がる。仮設住宅の間取り
は基本が4・5畳2間と台所と風呂、人数が多い世帯でも6畳2間である。外見は綺麗な仮設住宅だが、壁からは隣りの話し声、床からは隣りの歩く足音が聞こえる。 仮設生活でのストレスは相当なものだと誰もが言う。
寄贈したミシン
 この同じ仮設住宅に住でいる町議会議員も参加し、「町民の希望は、そして役場の方針は11,000人全員の帰宅だ」と話す。既に事故直後の混乱は回復し、役場は全住民の連絡先は把握しているそうだ。
 仮設にところどころ空きがあることに対しては、「仮設住宅が最初菅首相が言うとおりのお盆までに出来ていればもう少し多くの人が入っただろうけど、11月になってやっと出来上がるようじゃ、 待てない人もいるよ」と半ば呆れ顔で話す。国の対策の遅れが被災者を苦しめている。自治会長は、「1年経って、やっとみんな前向きになってきた。これからも前向きにがんばりますから、ご支援下さい」と語っていた。
 もう暗くなって、宿泊予定の旅館の夕食の時間を過ぎても話は尽きな

カラオケで歓迎の挨拶?

隣町の仮設住宅、遠くに会津磐梯山
い。懇談会も3時間を過ぎてやっと散会となったが、今夕の宿泊旅館は、多くの住民が仮設に入るまで避難生活していたところだそうだ。それにしても、その間、我々をここまで運んでくれたバスの運転手は、 ビールの買出しやら寄せ書き用の色紙を買い求めるためやらで、バスで市内をうろうろしてくれたそうで、大変申し訳ない。
 住民との懇談会・懇親会が延び、温泉に入る間もなく夕食。しかし、宴会の前に全員今日一日のまとめを一言ずつ。温泉旅館なのに、温泉に浸かることもなく就寝した会員が多かった。
 翌日は、前日訪問した仮設住宅の自治会長さんの勧めで、近くにあるもうひとつの仮設住宅を訪問した。前日の仮設住宅よりは少し小規模だが、こちらも70世帯ぐらい。 自治会長さんに会えたが、こちらでは今日は一時帰宅の日に当たっており、ほとんどの住民が留守だった。
 懇談等はまたの機会にして一路東京へとバスに乗り込んだが、バスの中でも一人一人2日間の思いを発表。今回の原発事故被災者避難者の問題は、基本的にはこれからの日本、 原発をどうするのかという問題を抜きにして語ることはできないという思いを強くした次第である。

隣町にある仮設住宅
本号発行後に、震災被災者支援対策室から参加者の感想文が数点届きましたので、 別刊第102号として特集号を発行しました。第102号もあわせてぜひご一読ください。 (HP編集室)  →上へ