東京司法書士会三多摩支会
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 支会ニュース「アダージョマエストーソ」 第116号 2013,04,24

 ■ 目 次
  1. 陣馬高原下→陣馬山→明王峠→与瀬神社を陽だまりハイキング
  2. 東京司法書士協同組合主催の第8回ウォーキング大会で池上本門寺から旧東海道を歩く
  3. 城山カタクリの里から城山湖を巡り、町田市最高峰の草戸山を制覇して高尾山口へ

 平成25年3月2日(土) 陣馬高原下から陣馬山に陽だまりハイキング

   
 平成25年3月2日(土)、山司登高会メンバーは陣馬山にのんびり陽だまりハイキングを敢行した。
 朝9時過ぎJR高尾駅に集合し、9時半発の陣馬高原下行きバスに揺られて約30分で終点陣馬高原下(標高320m)へ。ほとんどの乗客が登山者。 終点でトイレを済ませ身支度。週半ばまでは非常に寒い日が続いたが、昨日、今日とけっこう暖かい絶好のハイキング日和だ。
 終点の茶屋の人に挨拶を交わし、しばらくは舗装道路を登っていく。20分ぐらい歩くと、左に「陣馬山新ハイキング
コース」分岐の指導標があるので、こちらに入る。しばらく緩やかな沢沿いの山道を歩いて木橋を渡ると尾根筋を目指してジグザグの急登となる。
 尾根に上がりきっても、左は杉の植林帯、右は広葉樹林帯の小尾根のテッペンをひたすら急登の連続
だが、右手には落葉した木の間越しに目指す陣馬山頂が見え、快適な登高が楽しめる。
 傾斜が緩んだところで左に陣馬山〜明王峠〜景信山縦走路への近道と分岐し、縦走路直下のトラバース道に入ると、1月14日の降雪が融雪と凍結でアイスバーン化した斜面を恐る恐る横切って、和田峠からの陣馬山巻道に合流した。
 合流点はちょっとしたカール地形でまだまだ雪原状態。ここからは赤土むき出しの泥んこ道をちょっと登って白馬嘶く陣馬山
(855m)に達する。昔はどこの山も中高年ばかり目立つ山頂だったが、最近は山ガールスタイルの人気か若人で賑わっていた。 それはさておき、おじさんおばさんたちは暖かいそばでも食べようと、茶店に入ってとりあえず乾杯。まっ、何とかも山賑わいとか。
 下山は、なぜかどうしても相模湖駅前「かどや食堂」でパーッとやりたくて、相模湖駅へのルート、明王峠を経て与瀬神社への下山路を辿る。 明王峠までの縦走路は大勢のハイカーが行きかうせいもあり、一昨日からの暖かさで霜柱で凍ってるは
ずの道もにゅるにゅるぐちょぐちょの泥んこ。明王峠からは泥んこからも山ガールたちの賑わいからも解放され、 一目散にくだんの「かどや食堂」を目指したのであります。 (HP編集室) →上へ

 平成25年3月16日(土) 協同組合、池上本門寺と旧東海道をウォーキング

 毎年恒例となった司法書士協同組合のウォーキング大会が、今年(24年度)も行われた。
今年で第8回目となり、例年より少し参加人数が減って、三多摩支会というか山司登高会というかこの類のハイカー8名を含めて延べ19名の参加で東急池上線池上駅からJR品川駅まで約11kmを歩いた。
 池上線といえば、昭和51年に歌手西島三重子の歌った「池上線」で一躍全国に広まった路線で、今なお昭和の面影の残る、「私鉄沿線」(野口五郎)、「同棲時代」(大信田礼子)など70年代に郷愁を感じる世代にとっての聖地のような路線であ
る。と思うのは私だけかもしれないが、今の池上線は駅も改造され、車両も近代化されステンレス車両になってしまってちょっぴり郷愁を削がれてしまった。
 さてさて、そんな池上線の池上駅に午後1時に集合。池上駅から最初の目的地、本門寺は10分ぐらいの距離だ。長い石段を登って境内の中間の仁王門(山門)をくぐると大堂(本堂)がある。大堂の奥(裏庭)には非公開の松濤園がある。
 池上本門寺といえば幕末、東征軍(官軍)の本陣が置かれ、西郷隆盛と勝海舟がこの松濤園で江戸城明け渡しの会談を数回行ったとか。
 仁王門の東側には五重の塔、そしてその周囲には数多のお墓があって、ずぅっと奥にはかの力道山のお墓もあった。
 本門寺をあとにして、近年ウナギも見つかったという香川沿いに池上通りまで東進し、池上通りをひたすら大森駅駅方向に歩く。ここが官軍が江戸城に向かった道か。
 大森駅そばで美味い唐揚を買い込んで、少し北上すると大田区の大森貝塚碑がJRの線路際にあった。
 さらに北上すると、品川区に入って大森貝塚遺跡庭園が。こちらは名称どおり公園になっているので、貝塚のレプリカを鑑賞し、しばし休憩。ここで唐揚をつまみながら少々喉を潤し
て、次なる目的地、品川歴史館を目指す。
  歴史館で少しばかり江戸の歴史をかいつまんだあとは、池上通りから逸れ、東進しJR東海道線をくぐって国道15号線(第1京浜)を横断して旧東海道に入る。 右に行けば鈴ヶ森刑場跡(現:大経寺)なのだが、皆あまり関わりたくないのかここはスルー。刑場が閉鎖される明治4年までの220年間に10万人から20万人もの罪人が処刑されたと言われている。 八百屋お七、白木屋お駒、鼠小僧次郎吉といった人物がここで処刑されたそうだ。大経寺の境内には、今も火炙り用の鉄柱や磔用の木柱を立てた礎石などが残されているらしい。
 さてその刑場をかすめて、終着点での懇親会にいや増しに逸る気持ちを抑えて、今は閑散とした商店街になっている旧東海道を北上。途中、 京浜急行線立会川駅近くに坂本竜馬がいらっしゃるということでちょっと寄り道。当時この付近には土佐藩下屋敷があり、竜馬は沿岸警備にかり出されたらしい。
 さらに江戸の面影などひとかけらもない街道を上っていって、弘法大師空海の開山となる品川寺(ホンセンジ)に立ち寄り、江戸六地蔵の第1番に当たる地蔵菩薩像や東海七福神の毘沙門天などを拝観。
 古の歴史を偲びつつさらに北上するや、突如、巨大高層ビル郡
ひしめく品川駅東口の一角にたどり着いた。三多摩の田舎者はまるでお上りさん状態で天空を仰ぐばかりで、何ビルかも確認できずC棟に入っていくので、「おぉ、こんな高級ビルで懇親会か、すごいな」と先導者に付き従っていくと、 ビルの地下を通り抜け、駅東口を素通りし、昔からあったにちがいない小さな飲み屋がゴチャゴチャに乱立する横丁に入っていった。幾度もT字路のような迷路をはぐれないように付いて行くと、 今日の懇親会場となる韓国料理店「とうがらし」に到着した。夕闇迫るドヤ街の片隅で、あのビル郡の通過時に味わった期待感とのギャップにし
ばし沈黙。でも、こちらのほうが落ち着く。やはりあまりの近代化の街並みは三多摩人には、 いや庶民には向かないね。ともあれ、江戸情緒とはほど遠い旧東海道を急ぎ足で駆け抜け、 大都会の片隅に見捨てられたように残った昭和の残影の中で乾ききった喉を潤し、疲れを癒したのだった。      (HP編集室)  →上へ

 平成25年4月6日(土) 悪天候迫るなか城山湖から町田市の最高峰草戸山を制覇

 積もるような雪にはならないと予報を出した今年1月14日、都内は何年ぶりかの大雪になり、あっという間に降り積もって交通は大混乱し、翌日には踏み固まった圧雪や凍結した道路で転倒相次ぎけが人が 続出した大外れの天気予報に懲りたか、気象庁は2月には、今度は外出自粛を呼びかける降雪予報を出して、 早々にJRが間引き運転するなどの大混乱を起こしたもののほとんど雪は降らなかったことを、皆さんは覚えているだろうか。
 そんな「外出自粛」の予報は、4月6日、7日に、またもや発令され
た。春の嵐の予報で外出自粛が呼びかけられたその4月6日、山司登高会は、関係2組の同職山仲間がそれぞれの山行をひかえるなか、年度総括・年度計画策定の会合を兼ねたハイキングに出かけたのだった。
 日曜日は雨、土曜日は曇りの予報がだんだん土曜日の午後から雨が降る予報に変わってきて、山行も危ぶまれたが、お昼には降りてくるので何とかなるだろうとの安易な推測から、計画は実行された。
 JR横浜線(京王相模原線)橋本駅に集合し、旧津久井郡城山
町のカタクリの里直行バスに乗ったとたんまずは予兆の雨が数分間激しく降った。しかしすぐに止み、20分揺られて到着したときには晴れ間さえ見えた。
 カタクリの里は城山丘陵の民有地にカタクリほかキバナイチゲやミツマタ、ミツバツツジなど数十種類の草木の花がこの時季一斉に咲き乱れ、1か月半ほど一般公開されている。神奈川花の名所100選にも選ばれている。
 今日は外出禁止令もどきが発令されているおかげで、山司登高会10名以外はほとんど客がいなくて静かに花の観賞?がで
 きた。残念ながらメインの紫のカタクリ(30万株)はもう時季が過ぎ、キバナカタクリ(3000株)の時季に移ってはいたが。
 カタクリの里(標高172m)から少し舗装道路を歩いて寶泉寺別院の墓地横から標識に従って城山湖までのハイキングコースに入る。いきなり長い階段で腿が悲鳴をあげるが、尾根上まで登りきるとあとはなだらかな気持ちの よい遊歩道だ。車道を横切って金毘羅神社(310m)の急な石段を登って神社前の車道に出る。 このダムサイトに至る車道をとぼとぼ反時計廻りに歩いて行くと石積みのダム(城山湖畔)にたどり着く。カタクリの里か
らのんびり歩いて50分ぐらいの距離だった。
 なお、この城山湖(正式には本沢ダムという)はダムらしき堤体はもってはいるが、都県境を流れる境川への放水口はあくまでも非常用で、放流はしていない。下にある相模川を堰き止めた津久井湖(城山ダム)の上池として、 津久井湖から水を汲み上げ、津久井湖へ放流している揚水ダムだ。原発が稼動してない現在は夜間の余剰電力は発生しないので、 ダムの水位は一定のままである。要するに、原発による夜間の余剰電力調節の役目しか揚水ダムは持っていないのだ。揚水ダムで揚水電
力以上の電力が賄えるなら永久に原料はただの電気が発電できる理屈だが、実は揚水電力の7割程度しか発電力のない、発電のみを考えると非常に効率の悪いダムだ。原発を稼動しない不足分を補うなどの役割は果たせないムダなダムだったのだ。
 城山湖のダム(290m)を渡って非常用放水口を過ぎると草戸山への登山路となるが、木の階段もあってけっこう辛い登りだった。登りきると町田市最高峰365mの草戸山、大きな東屋があって「松見平休憩所」と書かれている。
 東京都と神奈川県との県境にあるせいか、行政にとってはそれぞれ他県のことは関係ないという態度で、都県境をはさんで名称
は違うは他都県のルートは案内板にも記載しないはで、非常にコース全体を俯瞰しにくい。行政の縄張り根性丸出しの無責任さを垣間見る山行となる。
 さて、この草戸山山頂で、雨がぽつんと一発落ちてきた。時に11時ちょっと前。大急ぎで高尾駅方面に伸びる「東高尾山稜」を下り始めた。ところがこの山稜、降っては登りのアップダウンだらけで、いくつ登り返し降っても標高が一向に低くならない。 10個ぐらいピークを過ぎてやっと高尾山口のケーブルカーの音が聞こえると四辻(290m)となって、左に下っていくと高尾山口(180m)に出た。と、全員降り立ったとたん雨がパラ
パラ降ってきた。ジャスト予定通りの山行、12時発の高尾の湯「ふろッぴィ」の送迎バスの乗って温泉、会合らしき宴会が待っていたのでした。やっぱり温泉はいいね! (HP編集室)  →上へ