東京司法書士会三多摩支会
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 支会ニュース「アダージョマエストーソ」 第119号 2013,07,18

 ■ 目 次

  福島原発事故被災者の避難先仮設住宅を訪問して交流
    被災者支援対策委員会からの報告
    初めて東日本大震災被災者支援活動に参加して
    政治家・東電幹部・官僚は家族ぐるみで仮設住宅に住んでみてください
 


 平成25年6月29日(土)、30日(日) 会津若松市にある原発被災者の仮設住宅を訪問

 平成25年6月29日、30日の土日2日間、社会問題対策部の東日本大震災被災者支援対策委員会は、会津若松市にある大熊町の応急仮設住宅を訪問した。今回は、既に何度か訪問している大きな仮
設住宅団地のほか、少し小規模な仮設住宅団地も訪問した。
 今回の訪問には、福島県司法書士会の会長や副会長のほか地元会津若松支部の支部長や支部会員
2名も参加して、個別訪問活動や集会所での相談会の開催、住宅の人たち大勢集まってもらっての交流会を行った。
 参加した支会会員は、清家東京会会長、足立支会長、入沢社会問題対策部長、武田東日本大震災被災者支援対策委員長、ほか9名である。
 なお、HPに掲載する都合上、報告書の文体・体裁は、HP編集室の独断で一部加筆修正した。感想文の中見出しも編集室で挿入した。写真は編集室で適宜挿入した。  (HP編集室)

      会津若松仮設住宅訪問活動報告書 (震災支援対策委員長 武田正信)
1.活動目的
 会津若松市内には、福島県大熊町から12の仮設に分かれて被災者が避難しています。今回は、国による区域再編や東京電力への財物賠償問題が具体化されたため、長原・松長近隣公園仮設住宅を中心に、 新たに未訪問の仮設住宅での法律相談や戸別訪問をすること、及び引き続き会津若松市において
 福島県司法書士会と連携して活動方針を確認するための協議会を目的としました。

2.仮設住宅への個別訪問
 大熊町は、町の95%が5年以上帰宅できない帰宅困難区域に設
定されたことから、長原及び松長
近隣公園以外の他の仮設住宅での被災者の現状の声を聞くことにも重点を置き、その中で法律相談があれば応じる体制で行いました。個別訪問の詳細は、初めて今回の活動に参加した会員からの報告書を
読んでもらえればと思います。
 今回は財物賠償がメインとなると考えていましたが、財物賠償といっても、同じ原発事故被害者でも家屋が津波で流された方と流されていない方では賠償の程度があり、そういった事情も含めて、慎重に相談に応じることとなりました。
結果としては、財物賠償に関する法律相談自体はありませんでしたが、今までの訪問活動で聞かれた仮設住宅での厳しい生活状況や将来への不安の声が寄せられました。
  前回・前々回配布済みの長原仮設住宅以外の仮設住宅には、三多摩支会の「がんばっぺ、大熊町」のタオルやティッシュ、福島県会の作成したリーフレット、ちらし、ティッシュを配布しました。

3.福島県司法書士会との協議会
 今回は、三多摩支会と福島県司法書士会が連携して具体的な活動ができました。特に2日目は、会津支部会員に訪問仮設先を当たってもらい、その仮設を会津支部会員と三多摩支会会員が協同して訪問活動を行いました。このことから、細かな活動は会津支部中心に、年
3回ほどの大きな活動は三多摩支会が行うという役割分担ができる契機になったと考えます。
 今後の福島県司法書士会との活動方針の確立により、より密着した仮設訪問活動を継続していきたい
と考えます。

4.最後に
 今回の活動において、地元の被災者の気持ちが少しではありますが変化があったことを感じました。今までは故郷に帰還することを望んでいた声が多く、その気持ちは
今でも持ってはいると思いますが、大半の地区が帰宅困難区域(5年以上帰宅はできない)に再編された大熊町においては、現実的に戻れることはできないと考えている方が多くなったといえます。
 何の落ち度がないにもかかわらず故郷を捨てざるを得ない気持ちは如何ばかりであろうか、被災地にいない我々には到底理解できませんが、今後とも、少しでも、何らかの力になれることがあれば、会津若松での訪問活動は継続していくべきだろうと考えます。  上へ

        初めて東日本大震災被災者支援活動に参加して    (町田支部 小西文緒)
 私が巡回訪問したのは、29日が松長近隣公園仮設で、お話を聞かせていただけたのは4件(軒)、30日は第二中学校西仮設(城前)で、お話を聞かせていただけたのは4件(軒)です。

仮設住宅での訪問、聞き取り

 松長仮設住宅は高台にあり、風は常時強く吹いているようだったが、景色は美しく、戸数の多い仮設住宅だった。町から遠いせいか、4件中2件は、生活の不便さを訴えるものだった。
■病院が遠く片道2時間かかるうえ、病院にICUなど必要な設備が整っていない。
■高齢のため、買い出しに行く交通手段は無料バスだけだが、商店の近くにバスが止まらず、苦労する。
 また、買い物も商店の品揃えが少なく選択の余地がない、購入後は荷物を背負って帰るのがつらい。
■賠償額が安すぎるので、とても応じられない。
■大熊町に一時帰宅してみると、ねずみやハクビシンの被害
 がひどく、家が荒れて困る。

 城前仮設住宅は観光地の鶴ヶ城の近くに位置しているため、松長に比べ生活の不便さを訴える声はなかった。比較的小規模な仮設住宅。住民は大熊町と双葉町の方。入居期限があるようで、いずれも移転先についての内容だった。
■須賀川に新築を建築中、環境の変化に子供がついていける
 のか心配。
■いわきに新築を建築中、いわきは治安が悪くなっていると聞いているので心配。
■移転先を決めなければならないが、土地の値段が高く買えなくて困っている。
■高齢のため、新築を建てるつもりはない。復興住宅を待っているが、計画が決まらず不安。

復興住宅計画を早く

 初めての巡回で緊張しましたが、村上先生と一緒に活動させていただき大変勉強になりました。
 土日で天候も比較的良かったため、留守が多く、被災者の方々が積極的に外出している様子がうか
がわれました。空家も多く、被災者の方々が新しい生活に向かっている様子も知ることができました。お話を伺うことができた方の多くはご高齢者でした。
 移動手段が少なくて外出が制限されることや情報を入手することが難しいなど、ご高齢者の苦労は大変大きいと感じました。憤りや不満を顕わにされる方はごく少数で、大熊町に帰れないのは仕方がないが、復興住宅計画を早く明らかにしてほしいという声が多く聞かれました。
 また、被災の程度で住民間の温度差があることはニュースで知っていましたが、実際に住民の方々は
互いに気を遣われていることを実感しました。
 大熊町は東電関係者も多いということで、東電憎し!ばかりではない現状も今回初めて知りました。そういう背景を知ることはお話を伺うにあたり大切だと感じました。
 巡回の際、パンフレット、タオル
やティッシュの詰め合わせをお渡ししたのは、とても良かったと思いました。お話するきっかけが作りやすく、また、貴重なお話を聞かせていただいた感謝の気持ちも表わせたように思います。

元々の地元の住民が寄り添って同じ仮設で生活
 私が、巡回をさせていただいた上記2か所はいずれも住民同士の交流があまりなく、全体的に住民の方々の元気がない印象でした。一方、二日目の茶話会に参加された長原仮設の住民の方々は明るい印
象を受けました。
 長原仮設は、団地内にお店があって買い物も便利で、隣家の声が聞こえにくい壁等、住宅がしっかりしており、集会場も大きいものが2つあり、イベントも多く、住民同士の交流もあるとのことでした。暮らしやすさの差が住民の気持ちに
反映していると感じました。(編集室注:元々同じ町内会だった人たちが入居され、自治会長もそのまま)
 また、長原仮設は今回の茶話会で三多摩支会との交流が深まった印象も受けました。要望を聞いて寄付をしたという経緯が交流を深めるきっかけになっているのではないかと感じました。巡回活動で伺ったお話を目に見える形で反映できると交流が深まり、より有意義な活動になると感じました。
 そういう意味では、松長の無料バスの巡回ルートの変更については、働きかければ目に見える形で住
民の意見が反映でき、意義があるものになるのではないかと思いました。

交流を通じた活動は継続して行うことが大切
 社会問題対策室の活動に参加し、まだ日も浅いのですが、泊りがけで活動することで情報交換など密にすることができたように感じました。
 二日目は会津支部の新田先生と一緒に活動しましたが、初日に懇親会でご挨拶をしていたので、二日目の活動がスムーズに
できたように思いました。新田先生が被災者の方々とお話をされる様子はたいへん勉強になりました。現地では、現地の先生が一番だと実感しました。福島の先生方の人手が足りない部分でいかにお手伝いできるか、 被災者の声を聴くとともに被災地の司法書士の方々とも交流を図り、的確に要望を聞き、実践できればより有意義な活動になるのではないかと思います。
 そして、このような交流を通じた活動は継続して行うことが大切だと思うので、今後もできる限り活動に参加させていただければと思います。上へ
 

     政治家・東電幹部・官僚は家族ぐるみで仮設住宅に住んでみてください  (HP編集室)
 大熊町から西に約100km離れた会津若松市は、内陸盆地のため夏は暑く、冬は寒い。役場機能とともに大熊町から避難してきた被災者も、2度の冬を越し、3度目の夏を迎えようとしている。 大熊町のある浜通りは冬は暖かく夏は涼しいそうで、気候の違いに慣れない人たちは、会津の仮設を去り、多くはいわき市(こちらにも役場の支所はある)に転居しているそうだ。
 また、居室の狭さや隣り近所の足音が響く仮設での生活に長くは居られないと賃貸住宅に転居する人もいるそうだ。仮設住宅でさえ原発事故から7か月以上も経った一昨年末にやっとできたのだが、 仮設住宅での生活が長期化するにつれ、仮設での生活に疲れ、帰町への展望もないことから、子供のいる世帯、働き盛りの世帯は仮設住宅から出ていき、仮設住宅団地には空室も目立ち始めた。
 長原団地では、30人近くの住民が一升瓶や自家製漬物を持ち寄って我々との交流会を楽しみにされていた。こうして柿ピーをつまみに缶ビールを飲みながら話してくれる仮 設住宅に住んでいる人たち共通の発言は「政治家や東電幹部、官僚たちは1か月でもいいから家族一緒に仮設住宅に住んでみろ」というもの。狭い仮設住宅での生活の大変さだけではなく、 故郷へ帰れる希望もなくいつまでも仮の住まいであ
ることでの将来への不安からの声。
 さらに、再稼動に突き進む政府の動きに、またマスコミ等の取材の激減に、自分たちのことが、そして原発事故のことがを忘れ去られているのではないかとの不安の声もあった。
 政府はちょっと除染すればすぐにでも元に戻れるような軽い事故として葬り去りたいと考えているのだろう。そんな政府の無責任な姿勢は、仮設住宅に住んでいる人たちにはもうとっくに見抜かれている。 中途半端な「仮設」住宅ではなく、今後の絶望的な見通しを隠さず発
表して、新たな人生を送れるような計画を策定すべきだろう。それは、これまで原発を強引に推進してきた政府と東電の責任である。
 小さな会社が業務上の事故を起こせば必ず責任が問われ捜査が入る。しかし、原発事故では誰一人責任を取っていないし、強制捜査も入っていない。 これで法治国家といえるのだろうか。まるで放置国家だ。いまだ16万人もの人が避難している現実を直視し、事故そのものを風化させようとする動きに監視の目を向けなければいけないだろう。 上へ