東京司法書士会三多摩支会
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 支会ニュース「アダージョマエストーソ」 第169号 2017,10,11

 ■ 目 次
  1. 府中支部、小金井市で無料相談会を開催
  2. 支会旅行、今年度は支会創立50周年記念行事として日光を観光&戦場ヶ原散策

 平成29年9月9日(土) 府中支部による小金井市での無料相談会

しほたん  平成29年9月9日(土)13:30〜16:30、東京司法書士会府中支部主催・三多摩支会協賛による小金井市無料相談会が、小金井市宮地楽器ホールで開催されました。
 相談件数は、7件でした。相談内容は、相続、遺言、民事事件、成年後見など幅広い分野の相談がありました。私は、相談室でご案内などをしていたのですが、内容が濃い相談が多い印象を受けました。また、情報化社会の進展により相談者の知識も深まっていて、より専門的な回答を求められるケースが増えているように思います。相談者のほうが詳しいなんてことがないように、日々研鑽しないといけないですね。
  受付には、東京司法書士会のゆるきゃら「しほたん」が登場し、こどもから大人まで大人気でした。
(府中支部広報委員 高橋成樹) 上へ

 平成29年9月30日、10月1日(土、日) 支会50周年記念旅行は、日光&奥日光

 例年行われている支会旅行(昨年は中止)は、今年は三多摩支会創立50周年に当たるので、支会創立50周年記念旅行として、9月30日、10月1日の2日間、日光方面への観光&ハイキング旅行となった。
 事前の準備取り組みが若干遅れたせいか、会員への広報・案内も遅れ気味となり、参加者は19名と寂しいものになった感は否めないが、2日目の3コース分かれての散策も全員無事に貫徹し、初秋の奥日光の景観を十二分に満喫できた旅行となった。
 30日朝、事務局ビル前に集

神厩舎でガイドの説明を聞く

修復された神厩舎の三猿
合し、9時にバスは出発。すぐに後部座席では宴会風情となる。圏央道はスイスイ進んだものの、東北道に入るや大渋滞に巻き込まれ、予定が大幅に遅れ始め、宇都宮近郊で昼食の後、日光東照宮前に着いた時には予定よりも1時間近く遅れてしまった。

日光東照宮の陽明門

きれいに修復された陽明門
 今年3月に陽明門や神厩舎の三猿の「平成の大修理」を終えたせいか、東照宮は大行列ができるほどの参拝者がいて、じっくりゆっくり鑑賞できないほどの人だかりだったが、支会旅行の幹事さんの事前の取計らいできれいなお姉さんのガイド付きで参拝できたため、混雑の
なか要領よく無駄もなく時間を短縮しながら急ぎ足で見学参拝できた。
 続いて、東照宮近くにある国指定文化財である「日光田母沢御用邸」の見学。
 パンフレットによると、『日光田母沢御用邸は1899年(明治32年)に喜仁(ヨシヒト)親王(大正天皇)のご静養のために造営され、1947年(昭和22年)に廃止されるまでの間、三代にわたる天皇・皇太子がご利用になりました。
 明治期に造営された御用邸

田母沢御用邸の庭から

御用邸の居室から庭の眺め
の中でも最大規模の木造建築で、本邸が現存する唯一の建物です。江戸・明治・大正と三時代の建築様式をもつ集合建築群で、これらの建物が、当初から存在したかのように建てられているところに、大きな特徴があります。』とされている。建築規模は4471u(1360坪)、部屋数106室、敷地面積39390u(11900坪)(造営時
は32500坪)という広さだ。
 愛知県犬山市の明治村には初期帝国ホテルの石造りの洋風の玄関・ロビー等が移築再建されているが、田母沢御用邸は明治後期になっても江戸時代の木造の武家屋敷風情をそのまま大事に残して増築していった貴重な建物といえるだろう。
 あまりの広さの見学に時間が費やされ、予定にあった華厳の滝の見物は取り止め、まだ紅葉には早いいろは坂を登って今宵の宴会場となる日光湯元のホテルに直行となった。
 翌1日は、@ホテルから湯ノ湖・湯滝・戦場ヶ原を通って竜頭の
滝下までの約8kmの健脚コースに11名、Aバスで光徳牧場入口まで下ってそこから戦場ヶ原を通って竜頭の滝下までの約6qのお手軽コース3名、Bバスで菖蒲ヶ浜まで下って遊覧船で時間をつぶして竜頭の滝下に戻る超軟弱コース5名、の3コースに分かれてそれぞれ思い思いに奥日光の初秋を楽しむこととなった。
 今日は時間にゆとりもあるので、まずは全員で湯元の源泉を見学し、バス乗車組8名以外はそこから竜頭ノ滝目指して元気に歩き始めた。
 湯ノ湖は、湯元温泉の源泉が流れ込むため湯の湖と名付いてはいるが、お湯のように温かいわけではなく、水深が浅いため例年冬季には全面結氷するそうだ。
 湯ノ湖の西岸を回って、湯滝上の橋を渡って湯ノ湖から流れ出る湯川の左岸を滝下に下ると、茶店もあり、観光客も大勢いた。ここで一服して滝下をまた右岸に渡って下っていく。
 いったんまた左岸に渡って光徳牧場入口方面 
からの遊歩道と合わさって小田代橋を渡ると、この当りが大体戦場ヶ原の北端。ここからは1時間近くは戦場ヶ原の西端をずっと歩くことになる。湯の湖周辺以外はほとんど木道が整備されているので歩きやすい。

地獄谷のような湯元温泉の源泉地

湯ノ湖(この橋が湯滝の落口)
 戦場ヶ原は、昔どこかの大名が争った戦場跡というわけではない。
 その昔、男体山の神(二荒神)と赤城山の神(赤城神)が、美しい中禅寺湖を自分の領土にしようと、大蛇と大ムカデに姿を変え、激しい争奪戦を繰りひろげた。なかなか決着がつ
かない戦いに業を煮やした男体山の神は、弓の名人である自分の子孫・猿麻呂に大ムカデの眉間を射抜かせ、ついにこれを討ち負かした。この戦いが繰りひろげられた広野原が、現在の戦場ヶ原なのだと伝えられているそうだ。Wikipediaによると、日本書紀以前の時代、当時の豪族たちによる戦乱がこの地で実際にあった可能性もあると指摘されているそうだ。
 湯滝下から2時間弱歩いたところで、ちょうど戦場ヶ原の南端、赤沼茶屋への分岐となる。戦場ヶ原はちょうど草紅葉が始まりかけていた。途中トイレがないので、ここでちょっと寄り道をして赤沼茶屋でトイレ休憩。
 赤沼は、眉間を射抜かれた大ムカデの血で赤く染まったことに由来するそうだが、このあたりは日光白根山や男体山の鉄分が多く含まれる火山性土質となっているので沼が赤く見えるという。

湯滝

戦場ヶ原、正面の山が男体山
 元の道に戻って、ここから疎林と熊笹の中の土の道を徐々に下っていくと竜頭の滝上の国道に出る。あとは国道を渡って、竜頭の滝左岸に整備されたコンクリや石段を滝の流れを眺めながら下っていくと、錦繍に染まる頃テレビ等でいつも報道される滝下の竜頭之茶屋に降り立つ。

竜頭ノ滝

遊覧船で中禅寺湖をゆらゆら
 早々到着していたお手軽コース組や超軟弱組は適当に昼食・宴飲となっていた。
 予定通り午後1時にバスは出発し、元々の予定にあった日光白根山の中腹の散策コース(今回は一人もいなかった)組回収のための帰路のコース、つまりまた戦場ヶ原を通り
抜け湯元をかすめ金精峠を超える国道120号線で、群馬県に入って菅沼、丸沼を経て、尾瀬戸倉からの道と合流して関越道沼田インターをめざした。
 金精峠周辺は紅葉真っ盛りで、奥日光ではまだ紅葉にはほんの少し早かったので、金精峠越えのルートを企画された幹事さんに感謝、感謝。途中、予定外に立ち寄った群馬側最奥の大滝ドライブインでは、バス出発にいつまでも手を振ってくださったお店の方に感謝、感謝。  (HP編集室・写真提供広報委員会)  上へ