東京司法書士会三多摩支会
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 支会ニュース「アダージョマエストーソ」 第95号 2011,10,03

 ■ 目 次
  1. 立川支部セミナー「武富士の会社更生手続の状況及び今後の対応について」を開催
  2. 第7回目の三士会勉強会が八王子弁護士会館で開催される
  3. 支会研修会「被災体験と相談実務、武富士役員への責任追求」福島県会会員を講師に招く

 平成23年9月6日(火) 武富士の会社更正手続の状況及び今後の対応 立川支部セミナー

 去年の秋のことでしょうか。突然の武富士の会社更正申立を新聞などで目にし、驚かれた方も多いと思います。消費者金融最大手ともいえる武富士の突然の倒産劇に、受任中の依頼者の過払金や今後の返済はどうなるのだろうと司法書士として大変心配になりました。 本来であれば、このような大会社がつぶれたのであるから、もっと社会全体の混乱であるとか、そういったものにすぐに目を向けるべきなのでしょうが、正直、最初に頭に浮かんだのは、そんな手元の心配事でした。
 そんな私の不安をよそに、手続きは大きな混乱もなく着々と進んでいき、先日、手元には、更正計画案を提出した旨の通知と何だかよく分からない投票用紙が送られてきました。見ると、早く返送した者から順に弁済すると書かれています。 はたしてこれを信じてさっさと賛成票を投じていいものかどうか(本人にどう説明するかという意味です。本件につき司法書士に代理権はありませんので念のため)、悩んでいたところ、このような研修を見つけ、早速応募させていただきました。
 講師は弁護士の秋山努先生。三和の破産のときに三多摩支会の研修でもご講義いただいたことのある先生です。そのときから、大変熱心な、ある意味消費者金融側からしたらとても厳しい仕事をする先生だなと思っていたのですが、 今回もやはり私の発想を越える責任追及の仕方をなさっておりました。
 それは武富士の役員個人に対して訴訟を提起するもので、平たく言うと、架空請求により利益を得てい
た会社を放置していたのだからその責任をとれということらしいです。社長の長男が巨額の贈与税の還付金を手にしながら経営者責任を果たそうとしないことが、事の発端となっているようです。
 講義は、この他にも先月末のSFコーポレーションの自己破産にも触れ、質疑応答も充実し、私にとって大変実りあるものでありました。投票の賛否についても一定の指針を持つことができました。
 今月の22日には、三多摩支会主催の同テーマでの研修も予定されています。福島県会の菅波佳子先生による講義です。こちらも大変楽しみです。 上へ

 平成23年9月14日(水) 三士会勉強会「不動産登記法改正の大きな改正と修正」開催

 7回目となる恒例の三士会の勉強会が八王子の弁護士会館で、9月14日18時から開催された。 
 今回は、「不動産登記法改正の大きな改正と修正」と題したテーマで、司法書士の山田猛司会員が講師として講演された。
 平成17年の不動産登記法の大改正から6年半の間に、めまぐるしく小改正や運用の変更があって、登記を業としている我々にも現在の到達点や運用に混乱がある点もあり、 今回の講演は、非常に丁寧なにまとめられたレジュメを中心として有用な講義だったと思える。
 しかしながら、17年の大改正から近時までの度重なる小改正はほとんどがオンライン申請にかかる技術的な側面での変更点が多いため、勢い講師の説明も我々にとっては 微に入り細を穿った解説なのではあるが、普段余り登記に接することのない弁護士や税理士の方々には、少し詳しすぎたかもしれない。
 講師による17年からの改正点の変遷をまとめられたレジュメは、登記を生業とする我々にとって、今回の講義だけで終わるのはもったいない逸品で、参加した司法書士からは 大好評であった。
 勉強会には、司法書士が15名程度参加のほか、弁護士・税理士の先生方が30名近く参加され、やはり今回の不動産登記法の大改正は、弁護士や税理士の業務にとっても関心事であることがわかる。
 講義後は、例によって近くの中華料理店で盛大な懇親会が行われた。 上へ

 平成23年9月22日(木) 支会研修会「被災体験と相談実務、武富士役員への責任追及」

 3月11日、この国を未曾有の大震災が襲いました。みなさんはあの時、どんな場所であの瞬間を迎えられたでしょうか。
 事務所の備品が壊れてしまった方、電車の混乱で事務所に戻れなくなってしまった方、帰宅困難者になってしまった方もたくさんおられたかと思います。 しかし、実際に現地で被災した方の体験は、私たち東京の住民の想像を遥かに超える壮絶なものでした。
 9月22日(木)18時から、立川市女性総合センターアイムの1階ホールにおいて、約50名の参加で、本年度第2回目となる三多摩支会研修会が行われました。 テーマは大きく2つ、
「被災体験と実務相談(東日本大震災への対応)」と「武富士役員への責任追及」についてです。
 講師は福島県司法書士会の菅波佳子先生(菅波先生は、7月2日、社会問題対策委員会で福島を視察したときに対応説明してくださった先生です。 アダージョ93号掲載)。福島県大熊町であの瞬間を迎えれました。現在、福島第一原発から3q圏内は立入禁止区域に指定されていますが、菅波先生は原発からわ
ずか4qの場所に事務所を構えており、補助者の方と外出中に被災されました。震災当日は混乱のため
事務所に戻ることができず、不安の中車内で翌日の朝を迎えられたそうです。
 防災無線の音で目覚めると、辺りは大混乱に見舞われていました。無線の内容は、市内に生存している消防団全員に直ちに招集を命じるものであり、これが延々と鳴らされていたことに、ただならぬ事態が発生したことを予感したそうです。
 次に無線が報じたのは、市民全員に対する緊急避難命令でした。「市内に在住の者は直ちに最も近い避難所に避難すること」この声に従い近くの集会所に向かうと、そこに待ち構えていたのは何と列になった数台のバスと自衛隊のトラックで
した。考える間もなく着の身着のまま荷台に詰め込まれると 、山へと向かって車は走り出しました。このまま数ヶ月もの間、この場所に帰ってくることができなくなるなんてこの時誰が予想できたでしょうか。
 普段であれば1時間で行ける道のりを10時間以上車に揺られていたそうです。と言うのも何台ものバスとトラックが列になって一本道をひたすら山に向かって逃げるのです。 避難所を見つける度に立ち止まり、受け入れを拒まれ、次の避難所を探す。これを延々と繰り返し、先生が施設に受け入れてもらえたのは夜中の12時を回った頃でした。 食事は手のひらに直接白飯を乗せられ、それだけでした。塩もなく手を洗うこともできません。それでも、自分たちも被災して電気も使えない中、避難者達に食事を与えてくれ毛
布まで用意してくれた施設の方には感謝の気持ちで一杯だったと先生は言います。
 避難先ではたくさんの方と話をされたそうです。避難所は人で溢れています。様々な状況の方がいました。葬式が始まった直後に震災に見舞われ、散乱した骨壷をそのまま残して避難されてきた方。 病院から自宅に家族の遺体を運んだばかりのときに被災され、一時的なつもりで避難所に向かったところそのまま自宅が立入禁止区域に指定されてしまった方。この方達が自宅に戻れるのは一体いつの日になるのでしょうか。
 そんな絶望的な状況の中、それでも司法書士としての使命
を全うしなければなりません。被後見人達はみんな無事なのでしょうか。きっと多くの債務者達が職を失い、和解や再生計画に従った支払いができなくなっているはずです。 しかし困ったことに大切な顧客情報は事務所に全て置きっぱなしで出てきてしまいました。裁判所に事件の謄写をお願いしようにも裁判所自体がまともに機能していません。何としても1度、事務所に戻らなければなりません。
 一時帰宅許可をもらうのは至難の業でした。やっと事務所に辿り着くことができたのは震災から2ヵ月後の5月10日でした。荒れ果てた事務所に足を踏み入れ、どうにかパソコンと顧客情報だけを手にすると急
いで事務所を出ました。書籍はもちろんバッジさえ未だに事務所に置きっぱなしだそうです。
 先生はこの後2度、7月と8月にも一時帰宅許可をとっています。今度は自宅の状況確認と車の回収が目的でした。それまで自分の服は避難の際に着ていたスーツのみだったというから驚きです。 大熊町に入った途端、それまで0だった線量計の数値がみるみる上がっていったと言います。隣家は朽ちており、タンスを開けるのにはバールを使いました。 1世帯につき1袋まで私物の持ち出しが許されるのですが、帰りにはなぜかリュックを背負った方の姿も見え、しかしそれでも同じ
痛みを知る者同士、文句を言う人は一人もいなかったそうです。車も半年近く放置されていたのですから、ドア が開かなかったりエンジンがかからなかったりします。その場合、同乗したJAF職員が10分を限度に修理を試み、時間切れとなった車はその場に放置。二度とエンジンをかけてもらえることはありません。 帰りのバスの窓からは住宅街を闊歩する行き場を失った牛たちの姿が目に入りました。学校には卒業式の看板が掲げられたまま。梨農家の畑にはもう誰にも食べられることのない梨たちが小さな実をつけ
ていました。先生の語る言葉はどれも大変衝撃的で、報道されない被害であるとか当事者だからこその思いに溢れていました。
 最後に語られた老夫婦の話は特に印象的でした。施設に入居していたご主人は震災後神奈川の老人ホームに移され、そこで亡くなりました。奥さんは福島県内の温泉旅館に避難していましたが、 行方知れずだったご主人の訃報を知り神奈川まで飛んで行きました。しかし遺骨を持ち帰った奥さんは決して人前で泣くことはなかったそうです。 「温泉旅館に遺骨なんて持ち込むだけで大変な迷惑をかけてしまっているのに、私が
泣いてこれ以上評判を落とすようなことをしてはいけない。隣の部屋に避難している方の家族は津波に飲まれ供養さえしてもらえていないのだから、看護婦さんに看取ってもらえたうちのおじいさんは幸せ者だ」 こう言って 、夜中に一人で遺骨を抱えて涙を流しているそうです。
 先生が震災の体験を他支部で話される場合、最低2時間半の講義時間をかけられるそうです。そのため残念ながら今回はもう一つのテーマである「武富士役員への責任追及」については タイムオーバーとなってしまいました。しかしながら私にとって大変貴重で有意義な講義であったことは変わることはありません。 上へ